いちばん安い見積を出したのに、選ばれなかったことがある。金額では勝っていた。それなのに決まらない。理由を聞いても、価格の話は出てこなかった。
自分が営業で見てきた範囲では、こういうことは珍しくない。安ければ通る、という場面のほうがむしろ限られている。安いだけでも決まらないし、かといって高ければ、それはそれで決まらない。この感覚を、最初はうまく説明できなかった。今は、相手の欲求が2種類あって、それぞれ役割が違うからだと考えている。
欲求には表と裏がある
1つは表の欲求だ。コスト削減、売上向上、リスク回避。会社として口に出しやすく、稟議書にそのまま書ける理由になる。
もう1つは裏の欲求だ。決めた後に困りたくない、面倒を増やしたくない、選んだ責任を問われたくない。買う側が個人として気にしていることで、議事録には残りにくい。相手の窓口担当でも、その先で決める人でも、決めた後に困りたくないという点は共通していることが多い。
さきほどの案件で、相手が挙げた理由はこちらのほうだった。安定して供給し続けられるのか。供給元の会社に不安はないか。困ったときに、この会社は動いてくれるのか。どれも見積書の金額欄には出てこない話だ。
表は足切りで、決め手は裏にある
ここで言いたいのは、表と裏を両方書きましょう、という足し算の話ではない。2つは役割が違う。
表の欲求は、足切りの門に近い。予算に収まっているか、他と比べて説明できる数字か。ここを通らなければ、そもそも検討の土俵に乗らない。ただ、通ったからといって決まるわけでもない。門を通った先で実際に何が比べられているかというと、裏のほうであることが多い。
だから、数字は合っているのに決まらない、というときは、たいてい門は通っている。通った先で負けている。提案書の数字をさらに詰めても、勝負している場所が違う。
自分がどちらで落ちたかは、断られ方にわりと出る。そもそも比較の土俵に載らなかった、早い段階で連絡が途切れた、予算に合わないと言われた。このあたりは門で落ちていることが多い。最後の2社まで残った、条件面の細かい質問が続いた、断りの理由が価格以外だった。こちらは門を通った先で負けている。ただし、断りの言葉がそのまま理由とは限らない。あくまで見当をつけるための材料だ。
自分の場合も、門で外れたのか、門を通った先で外れたのかを分けて考えるようになってから、次に何を直すかで迷いにくくなった。
価格は裏の欲求にも効いている
そのうえで、もう1つ厄介なことがある。価格は表の欲求の代表格なのに、裏の欲求にも効いてしまう。
高すぎるときに起きることは、大きく2つある。1つは予算が通らないこと。これは表の話だ。もう1つは、決める人の不信を買うこと。この金額を出してくるということは、うちの事情を分かっていないのではないか、と受け取られる。こちらは裏の話になる。同じ「高い」でも、失格の仕方が2通りある。
だから、断りの理由が価格だと言われたときも、まだ2通りある。予算の枠に入らなかったのか、その金額を出してきたこと自体で信用を落としたのか。前者は門の話で、後者は門を通った先の話だ。
では安いときはどうか。ここは、相手がこちらの原価をどれくらい知っているかで、受け取られ方が変わる。自分が経験したのは、警戒されるよりも「よく頑張ってくれたね」と受け取られる場面のほうだった。自分がやってきたのは、売値のもとになる価格が制度で決まっている商売だ。だから相手も、こちらの利益がどのあたりで出ているのかをおおよそ分かっている。値引きは「元々高く売っていた」ではなく「うちのために利益を削ってくれた」と読まれた。もっとも、これは普段からやり取りのある関係があってこその受け取られ方でもある。相手が原価を知らなければ、同じ値引きが逆に読まれることもある。あの値段は何だったのか、と。
だからこれは、値引きをすれば感謝される、という話ではない。こちらが出した金額は、単なる数字としてではなく、相手をどう見ているかの表明として読まれている、ということだ。高すぎても安すぎても、金額そのものより先に、その姿勢のほうが伝わることがある。
自分の提案を見直す
今出している提案書やトークは、次の順で見直せる。
1. 並んでいる理由を、表と裏に仕分ける。会社の得を書いているのが表、相手が決めた後に困らずに済む話を書いているのが裏になる
2. 表の欲求が、門を通る水準に入っているかを確かめる。ここが外れているなら、裏をいくら足しても順番が違う
3. 表は入っているのに決まらないなら、相手が決めた後に困りそうなことを1つ書き出す。そのうえで、それに答える一文を提案書に足す
4. 自分が出した金額が、相手にどんなメッセージとして読まれるかを一度考える。その金額にした理由を、相手の言葉で説明できるか
なお、裏の欲求は提案書の中だけでは埋まらない。声がかかる前の段階の話は、また別に書く。
この4つを通しても、決まらない案件は決まらない。ただ、決まらなかったときに、どこで負けたのかは分かるようになる。門で落ちたのか、門を通った先で落ちたのか。それが分かると、次に直す場所も変わってくる。
自社の提案が門を通るところで止まっていないか、一度見直したいという場合もあると思います。そういうときは、一緒に整理することもできます。
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